NAGASAWA TOMOYUKI BLOG
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シャーロットさん
シャーロット・ケンプ・ミュールさんという、ミュージシャンであり、モ
デルである女性がいる

自分のよく知る人が、彼女とお会いしたこともあり、彼女はとても優しく聡明で礼儀正しい女性だと話を聞いていた
とても勉強家なんだそうだ
シャーロットさんは日本語もとてもよく勉強されるアメリカ人の女性だ

その彼女が、Instagramで凄まじい叩かれ方をしていると知った

実際に見ると、彼女が旭日旗のTシャツを着ている写真がのっており、それに対して数えきれないほどの罵倒コメントがあった

そのコメントは見るにたえないほど低俗で稚拙で攻撃的な内容だった

ここはフラットな感覚で自分の日常を書いていけたらと思う場所なんだけど、シャーロットさんへの侮辱の内容はもはや政治思想とか歴史や理念のレベルじゃなく、単なる言葉の暴力とイジメに変わっているので、人の心の問題と判断して今書いている

旭日旗についての論争はよく知っている
さまざまな意見があるのも知っている
でもまず、当たり前中の当たり前の話として、意見と罵倒はまるっきり性質の違うもの
人と対話する時、そこの境を失えばいい結果になるわけがない



シャーロットさんの恋人はショーン・レノンさんだ

罵倒はショーンにまで及び、ショーンの血から、彼の母の血まで及び、
更には、彼の父を殺した銃撃犯の写真をシャーロットさんに送りつけるという嫌がらせにまで発展していて、
見ているこちらにもさすがに怒りと呆れと悲しみが湧いた

全く他人ではあるし、全く立場も違うが、同じ音楽を愛し、平和を愛する人だと明らかに分かる人だ
それを知っていればあんな罵倒は普通するものではないし、知っていないなら尚更するものではない


酷い内容なのでわざわざここには書かない

ただ、そういう罵倒をできる方たちは勘違いしていないだろうか

自分が完全なる正義で、相手が心のない汚いモンスターか何かだと

繰り返すがこれは政治や歴史の話を越えて、単なる暴力の世界の話だ

まず、自分が完全な正義に思える時点で僕には疑問がわく話だけど、
暴力を糾弾していた人たちが、相手の主張が自分と違うと見るや集団で言葉の暴力をぶつけるというイカれた矛盾に驚くよ


この話を知って、とても残念な気持ちになったが
かわりに好きなミュージシャンの動画を見たり、バカな話をしたりした


突然ごめん
みんなにもたくさんの感謝と愛を

これを見てくれたあなたが、たくさんの人から愛されることを祈って


2019年08月24日

同じ国で同じサイトで同じニュースで
以前も書いたけどその人の話が聞きたい

ある程度、ニュースを拾ってれば、みんな同じ話題になる

「偶然自分もそのニュース見てて」と来るけど、シンクロでもなんでもない
報道なんて大抵ある程度収まってるし、流せるものだってだいたい同じようなものになるから、同じもの見るに決まってる

Yahooだかエキサイトだかlivedoorだか

どちらにしろトップニュースなんて似てくる

だから同じ話題になるけど、当然だし、あとつまんない
だから知らないことを知りにいくって話も多い
旅に出たりとかさ

でもそれもよくあるというかなんというか…

その人自身の話のほうが僕には面白い

誰々がこうした、何々がああなった

飽きる



2019年08月20日

こんにちは
こんにちは。長澤です

みんな祝ってくれてありがとう
今、躁状態だから、なにもかも絶好調といえます

ただ、このブログに当ててくれるコメントなんだくど、ちょっとここを更新する担当さんが変わってしまって
週一ぐらいの頻度になってしまっているんだ
それを先に説明させてね

事務所も担当さんがけっこうかけもちだったりするから、間に合わないこともあるんだ
ただ頑張ってくれているので、少し不便を感じるかもだけど許してください


Instagramのほうもあるけれど、
こっちはもっと内面というか、個人的なことだったり、ガガガって書き連ねたいこととか、あんま公に言うもんじゃないかもなって感じのことを書いていくと思う(あ、ここも公か)

だから今日は……

いや、たくさん言いたいことはあるんだけど
ありすぎていつも何から言おうって悩んで選びきれてないんだよな

そうだなあ…最近思うことの中で1つピックアップするとしたら……


あ。メロディはメロディだってこと
音楽は音楽
それだけで最高なんだから、余計な装飾は要らないって、そう感じることかな

それだけで最高なんだから、歌詞をのせるとしても、人が好きだってこととか、ロマンチックな話とか、あるいは自分を良くするためにデトックスに使って日々のあれこれを昇華するか

メロディだけで美しいと言えるものを、出来るだけ毀損しないかたちで言葉をのせたいと思ってる

ただ、べつにいいと思う
みんな言いたい言葉を乗せればいい
でも少なくとも自分は音楽を思惑だとか人への思想の扇動には使わない

それはなんだか、個人的にだけど、なんとなく筋が通ってないように感じるから

その人の歌声、作るメロディ、アレンジ、プレイ~で付いた味方は、あくまで音楽に導かれた味方
そこに音楽以外の何かを、後から入れちまうってのはどうも自分の中で納得がいかないんだよな

それをやったら自分の中ではちょっとだけ、裏切りというか…
やるとしても抽象的にするし、音楽以外の場で個人でやるだろうな

たとえば僕は神様にまつわる曲をよく書くけど、あれは内面の吐露で、
それこそ「神を信じなさい」なんて歌わないし、歌うわけない

自分の思想は、自分の思想で
音楽を通してそれを強要するのが自分には無い

勿論そういう人がいていいと思うけど、僕はそうじゃない人間だなってだけ

なぜって、繰り返すけど
それだけで最高なんだから
余計な装飾は要らないと思うから


それが1つ


あとはねー

また書く!
よい一日を!


2019年08月09日

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