NAGASAWA TOMOYUKI BLOG
BLOG速報
928
歩いてると何故だか分からないけど惹かれてしまう風景に出会う事がある
なんか物思いに耽ってしまうような、ストーリーを感じる風景というか
昔見た事があるから海馬が懐かしいと言ってるのかもとか、色々想像する

その気持ちを言葉にしたり、幾つかを組み合わせて詞にしたりする
それってフィクションだけど感動に嘘はないし、自分でも分からない場所から生まれてくるストーリーだから自由で楽しい
よく、詞ってそんな感じでも全然いいって思う

自分の気持ちを赤裸々に書けばいいってもんじゃない。そもそもドリーミーな表現なのだから生みかただってドリーミーであってもいい
自分から自然と溢れる気持ちに偽りはないのだから

だけど不思議と「実体験に基づかないといけない」とか「リアルを歌わなきゃ」と徹底して考える人も多い
それも一つの道だと思うけど、僕はそればかりだと疲れてしまう

これはなんとなく今まで音楽やりながら思ってきた事だけど、これって日本の歌の詞に限って特に多い話な気がする
映画や絵や読み物より、少し概念やルールや道徳の縛りが何だか分からないけど強いように思う
大衆性とかビジネスを考慮しても、やっぱり何か他の分野と違う
そのせいか、どこかで聞いたような言葉の使い回しや、変なスランプに陥る人も多い

それぞれに定義があっていいと前置きしつつも、表現ってのはもっとハチャメチャに自由でいいと思う
ファンタジーでいい
だってスティーブンキングの書く小説は本物だし、黒澤明の夢も嘘じゃない
感動が本当だから情熱が生まれて作品になる、その過程に嘘なんかない

その上で、勝手ながらやはり日本語の歌の文化は他より不自由な気がしてる
個人的な希望だけどもっと自由に作る人が増えてほしい

表現が強い人は、必ず強く受信した経験のある人だから、とても夢想家であったりする
ただ夢想するだけじゃ言い方悪いけどジャンキーと大して変わらない
現実的に組み立てて、何がいいか構築できる努力も必要になる

自分も努力が足りてないけど、僕はそんな理想主義と現実主義が調和すれば音楽文化はすごく成熟すると思う

これは音楽に限らず、最近の色んなニュースにも思う




928


2015年09月29日

9/24
雨が少し降ってしまったけれど、これから秋冬のよく晴れた夜には星がよく見えるようになる
いつだか奄美大島で星は感動的だったな
でも東京も夜深くなればちゃんと月や星が見える

昔から日本人は月の模様を「餅をつく兎」というけど、世界各国で解釈は違う

ヨーロッパでは「本を読むおばあさん」に見られてたり、「大きなハサミを持つカニ」だったり、「横を向いている女性」だったり
アフリカ、アラビア、南アメリカ、オーストラリア、あちこち違う

自分はカニに見えることが多い。今日は曇っているけれど

「餅をつく兎」ってお国柄だね
それが日本のスタンダードな見え方と知らないとして誰かに言われたら、ぶっ飛んだ解釈だよそれって笑うかもしれない


明日は晴れるといい
月が見えるといい

最近ハマっているミュージカルソー(ノコギリを曲げて演奏する楽器)でドビュッシーの月の光を聴いてとても感動した
人が唄っているように聴こえて

残念だけどミュージカルソーの月の光は動画になかったから、近い音としてテルミンの月の光を

Theremin:Debussy:Clair de Lune
http://www.youtube.com/watch?v=PjnaciNT-wQ&sns=em


いい夢を

そういや地面がかわいて模様がウサギみたいになってたよ

ACだね、山さん20周年だ





9/24


9/24


2015年09月25日

923
昨日はシルバーウィークで混雑する空港で呼び出しを受けたし恥だった

今日は今日で渋谷にいて、また疲れてきたけど、今からラリった歌を歌いにいくし開き直ってハッピーに

ナチュラルハイで
開き直って

皆、よい1日を
ナチュラルハイで


923


2015年09月23日

918
ブログにあげた像の事を尋ねる人がいた
カール・ミレスという人の「神の手」という作品だった

神の手の内にありながら、尚も光を仰ぐ人間の姿
像は高い石碑の上にあり、360度どこから見ても表情が覗けない作りになってた。男の顔は完全に真っ直ぐ天を仰ぐから、空から見つめない限り彼がどんな表情してるか分からない

右手の平は驚くかのようにピタッと下に開き、それでも左手の平は上を向き貴方を求める!と叫ぶ
服従や恐れを表すように足は少し曲がってるけど、しっかりと全身全霊、空に向かって立っている
その確信した姿はひたすら続くし、作品が残る限り半永久的だ。空を共同作業させていて天国みたいな空間が出来てた

こんな姿、今は到底無理だけどずっとそんな希望は持ちたい

ただまあ..自分の作品は時に鬱っぽいとか wikiだと孤独や哀愁を歌うとか書かれるから悲しくなっちゃう
量は僅かだし確かにあからさまじゃないけど自分が書いてきた曲の多くのテーマは希望だったからね..
欲望や矛盾、感情も書くけど僕らの輝きから享楽列車までテーマのホームの多くは今も希望だ

自分の未熟さ至らなさは分かるし、それを無視なんかしない。今まで仰ぐような曲を書く必要があっただけでしかないし、そうしないと持たなかった
僕は希望を歌ったつもりだったけど..

快楽的な欲望、絶対的な安心
2つは自分の中で長い間水と油だけど、心の奥は決まってる
決断する時期を迷いながら日々過ごす

今は自分と似たように迷いを持つ誰かに「同じだ」と言えたらと思う
理解してくれる人を同志に感じるし、音楽はそんな相手を見つけてくれる

現実に会うとソリ合わない人もいるだろうけど、そんな浅瀬に無い愛が分かった気にさせてくれる
安易な呼応より、少なくていいから深い呼応がいい

音楽以外の日常じゃ皮肉や笑いで誤魔化しちゃう。僕が弱いからだ。それをしない人はタフで強い人だ

ただもう自力じゃ真っ直ぐになれないってどこか分かっちゃったから、この像には感動した

すぐ僕は退院するけど、院内には重病で手を尽くしても難しい人もいる
その身を預かる側は大変な責務だ

いつか必ず人にはどうにも出来ない時が訪れる
その時、この像みたいに祈るか身を委ねるかしかなくなる

自分が来た病院にこの像があってくれて有難かった

スカイツリーの天辺とかにもう一体置くといいのに。見えなすぎるか

よし、みんな良い1日を


918


918


2015年09月18日

917
今朝はとても落ち着いた気分
窓の向こうで時間がゆっくり流れてるのを眺めながら静けさをたしなんだ
久しぶりに受け身を楽しめている
ハッピーって響きとは違うけど、いつも望んでいるのにうまく掴めない平穏で優しい時間
やっぱりハッピーなのかも

ずっと続くといいけど、そんな生き方できないから、しばらくしたら音楽聴いて散歩に出よう
雨と聞いたが晴れている、今のうちに

今日は友人が遊びにきてくれる
その頃にははっちゃけてみよう



少し散歩できたし、話せたし、とても楽しかった
平穏でいい1日だった
曲が浮かんだからギターはないけど詞を書いてメロディを吹き込もうと思う
とても心の動く発見もあった

ではみんなも良い1日を
悪い時は気が晴れることをやったり見つけられたらと願うよ

また


917


2015年09月17日

9162
お見舞いしてもらった
散歩でもしようと言ってたけどガッツリ雨
小雨ならまだしも結構降ってる
歩きたかったな
病棟内の散歩中にシャッフルから流れてくる音楽のこと書こうと思ってた



こないだジェームス・テイラーの「Fire And Rain」をまた聴く機会があって、自分はこの曲が好きだったって改めて思った

でもいつだか書いた気がする、この曲好きって
映画「旅立ちの時」のエンディングで流れてた曲だとか言ってた気がする

映画もいいし、曲も合う

この曲は、亡くなった友人への投げ掛けから、自身が挫折した話、神様との対話について歌う曲なんだけど、詞に出てくるFire And RainやSee You Againの意味が自分なりに飲み込めて大好きな歌

ジェームステイラーの歌声は、僕はもどかしくて駄目なんだけど


あと、まったく反対の世界の歌
MOTORHEAD「Sympathy For The Devil」も大好きになって聴いている
これは教えてもらった

レミー・キルミスターはもう69才
軍オタらしくて、ナチスのダガー集めてたり、軍服着て戦車に乗ったりする
それを批判されて怒ってたりするんだけど、正直その感覚も共感できてしまう

戦争は駄目とかナチスは駄目とか大前提にあるんだろうし、様式美にどうしても惹かれる人っていて仕方ないと思う
もちろんそういう人たちの多くは戦争がしたいから惹かれてるんじゃないんだよね
かばう気もないけどたとえば宮崎駿の風立ちぬみたいに
オッペンハイマーの原爆みたいに
ただその探求や美に惹かれてしまう人と、それを悪用する人がいるだけだと思う

まあ‥原爆作って、人類に見せて、その恐ろしさを伝えて戦争をやめさせようと思った、なんて話、僕には正直眉唾物だったけど

ごめん、とにかくこのSympathy For The Devilはストーンズよりレミーのほうが好きだった
若いミックの声より、死神みたいなレミーの声のほうがしっくり来てしまうから

歌詞に出てくる「Just call me Lucifer」にいつも心が少し萎えてしまうけど、すごくいいカバーだった

でも「名前なんて名乗るほどの者でもありませんよ」で通すような気がするよ


9162


2015年09月16日

915
やらかちゃった後処理

ささっと終わっちゃうんで待つのみ
これが暇すぎて

楽しみといえば目覚めたあとの自分の気分

絶飲食と言われたんで飲みたいし食べたくなっちゃう
駄目と言われると駄目だ

リンゴかじって神様にどやされた頃から変わらないんだろうけど、まあ欲しがりませんオペまでは

クランケ、カルテ、ドイツ語なんだっけか
ドイツかー


ソーセージ。
ビール、でかい、ブンデス、マイク、車、あー、ハンブルグ期のビートルズ、あとWW2のやられた側同盟
だめだ、もうあんまり出てこない

なんか飲みたいな




915


2015年09月15日

911
マスターに嫌われてるってヒシヒシ分かるバーがある
挨拶もくれないし目もろくに合わせない

おつまみを頼めば、
「無いっすよ?」とか
「今切らしてますね」と無表情で返される

え?みたいな
食えるとでも思った?というか

無いなら仕方ないやと、トイレに行こうとしたら、カウンター席の人が僕が断られたチリコンカン食べてるの見て、ああ、切れてるのは食材じゃなくてマスターの方かとわかった
でもそれも随分前の話だ

理解できた今もその店に向かう
完璧にシカトされるとかえって居心地がいいのと、暗い店だし人もそんなに来ないから

いっそ「帰れ」ぐらい言われたら行かないけど、一応入れてくれるんだから入るよね

別の店だったけど、エイプリルフールの時、ドラマーのヒロ君の目の前でドッキリを仕掛けた
胸ぐら掴み合ったりちょっとうるさくしてしまったが(結果、ヒロくんは本当にいい人だった)うるさかったことをそこのマスターに謝ると笑って許してくれた

でもその店は高いからもう二度と行かない

とにかくそういうことしてたら嫌われても仕方ないけど、何したわけでもないと思う

理由があるなら多分、店のコンセプトに僕や僕と一緒に行く人が合ってないからだと思う
そこに行ったら文学とか映画の話をカウンターでマスターとすべきなのに、僕がテーブルに座って話すことと言えば「なぜ、たかっちゃんはすぐブチ切れるのか」ぐらいしかない

こないだも、水滴を一滴ずつ額に垂らすっていう中国の拷問を受けてもらえないか本人に頼むと「なんでやねん」と怒ってらっしゃった
たかっちゃんはほんと面白い
なにしろ暗い
人もバーも、暗いと落ち着く
ウジウジした暗さは疲れるけど、変に干渉されるわけでもない、気楽に暗い場所が好きだ

ただその店のマスター自身が暗いわけではなくて、気の合う常連さんとは別人のようにはしゃいで話し込んでいる

またそのうち行こう
気楽な場所を見つけよう




2015年09月12日

910
手首がちょっとダメになってるからイライラ

ストロークの時、痛い
今までなんともなかったのに最近使いすぎたのか生活に支障が出てしまってる

肘を軸に腕でストロークする人もいるわけだし、手首振るの抑えて、ピック持って腕ストロークするように勉強したりする
でもいざ弾きだすとピックを無意識に足元に投げてしまって気付けば我が指しかない

だから爪と手首を目一杯バイバイする


最近はコンビニに行って財布の小銭を出すことや、お釣りをもらうために手のひらを相手に向けるのが難しい

その痛みにむかついてしまって「もういいや」とむしろ痛め付けていく

ガンガン落書きしたり、弾きまくったり

突然、一時的にどこかがダメになったり痛んだりすると、その痛みや不自由さが意志を持って自分の邪魔をしているように感じてしまって更なる痛みで凌駕してしまおうってなる
ざまあみろと思いながら痛め付けるというか

そうしないとムズムズしてしまって爆発しそうになる

病院に向かう

雨が降ってるね
どんな1日になるだろう
なんか面白いこと見つかるといいな


2015年09月10日

97
誰かが言っていたように、どこからともなく風にのって金木犀の香りがするようになった
そのたびどこにあるのかキョロキョロしてしまう

世の中にある自分が好きだなと思う香りの中で水仙や金木犀の香りはかなり上位にランクする
‥と、秋になれば毎年書いてるかもしれない

金木犀はバニラのように甘い香りだけど、小さい頃花を食べて苦い思いをした記憶がある
無知ゆえに臆することなくなんでも口にいれていた自分を思い出す

『トイレを思い出す』って人もいるが、トイレにキンモクセイの香りが使われていた時代は70年代をピークに90年代でだいぶおさまってしまう
つまりトイレを連想する方の多くはその時代を経験した人ということかもしれない
今の10代以下はトイレの香りと思うのだろうかな

いずれにしろ金木犀からすればとばっちりだけど、記憶にも個性があって面白い


関係ないが、福岡出身の人に天神愛眼のCMを知らない人は少ないだろうと思う
そういう地方ならではのCMの話をこないだある人としていた

そこで『ハトヤホテル』のCMの話になった

ハトヤホテル。たぶん九州の人はいっちょん知らんと思うし俺も知らんかった

それは伊東にある巨大リゾート施設だそうで、60年代に開業して以降、子どもたちが行きたくてたまらなくなるようなホテルだったと聞いた

どうも関東東海ではよくハトヤのCMが流れてたらしいけど、『魚を取り逃がしてしまう男の子』を知る人は今はもうすっかり大人みたいだ

当時のCMや行きたかった記憶を思いだし、大人になった今、ハトヤに遊びにいく方もいるそうで、そういうのっていいなと思った
自分の子どもの頃の夢を大人になった自分が叶えてあげるわけだね

CMをyoutubeで見ながら、当時の他のCMまで見出して、全然知らない世界だけど懐かしい気持ちになった

記憶は人それぞれだけど、夢中になったオモチャや憧れは、時代が重なってさえすれば共通してたりするから面白い

でも時代も地域も接点ないけど、なんだか当時の人コスプレをして昔を辿るのも面白い



97


2015年09月07日

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