NAGASAWA TOMOYUKI BLOG
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最初の一歩が一番重い
人は自分が幸せな時、悲しいことを思い出したりなんかしない
かつての苦労も報われれば忘れられるように

そうなれたら楽しい場所にいたいし、楽しい人といたくなる

そして積極的に臨めば、とてもいいサイクルに入れたりもする


でも不幸だと感じている人は、人にもよるけれど、わりと幸せな人と話せなくなること多い気がする

幸せそうに微笑む誰かに「おめでとう」と讃えた側から、自分の存在に気付いてしまって

そうして不幸な気持ち抱えたままだと、同じ境遇の人を探したくなる
自分を慰めたいし、孤立から逃れたいと思うから
それは少しは役に立つけれど、ハマっちゃいけないサイクルだと思う

悪い状況に慣れてしまうのは良くないと思うから
そうするとキツくても、だんだん解決する気力すら出なくなっていくし


自分の場合、「ああ、あの時最悪だったな…」って振り返ったり、そういう経験すると
やっぱり歌だったり、色んなアートに救われてきたなっていつも思う
ただただ運が良かった

そういうものに触れてると気持ちが楽になって、ますます求めるようになって曲を書いてきた
自分がほしかった言葉とか、聞きたかった歌とかを

で、そういう行動は知り得なかった誰かと会わせてくれる機会をくれた
たとえば今、これを読んでいるあなたの存在も僕にとってはそんな嬉しい証明だ
勝手に誇らしい


だから落ちたら、落ちままを続けすぎないで、いつかはなんでもいいからなんかしよう

しばらくどん底にいてもいいけど、ずっといちゃ毒だ
やる気も起きないだろうし、現状をなんとかしたいのに解決する力が涌き出ない時もあるだろう

いつだって最初の一歩が一番重い
でもそのあと波に乗れたら、その後の歩みは軽いし、その一歩がないとずっと辛い


綺麗事ならいくらでも言えるんだよな
泣いていいんだよ。と
夢を見ようよ。と

でもそれって正直、あんまり愛がないなと思う…
泣き終えたあとの現実をどうするかのほうが大事だから

なにか夢があって、それを叶えたい人にしてもそう思う

つまずきそうでキツいって時に
ただ「大丈夫、心配ないよ」なんて、正直その人のことがどうでもいい人だって言える

そこに近づくロードマップの話をしないと
どう実現させようかって話しないと

これ、仕事の打ち合わせだって、遊ぶ約束だって、病気の治しかただってそう思う

一聴、柔らかで優しい言葉って世の中死ぬほど溢れてるけど、そのほとんどが抗鬱剤みたいに一瞬頭をボヤけさせるだけで、なんの解決もくれやしない
利用するぐらいにはいいけれど、過剰に摂るもんじゃないように思う

そういう言葉に安心したいって気持ちはよくわかるけど、どこかで他の角度から変化も必要な気がする

そうするぐらいなら、音楽でも聴いて散歩したほうが、何か見つかるかもしんないって思う


2021年02月27日

無理だ
本当の悪って
自分が正義だと思って干渉や正統性の主張を何の気なしにやれちゃう人だと思う
そしてその話をするとき自分のいたってなさや矛盾や間違えた過去は完全に欠落して

だから悪意がない
悪意がない悪さって、本当にたちが悪い


2021年02月22日

懐の狭さ
全く面識のないミュージシャンさんの武勇伝を延々と聞かされてると
遠い昔学校で友人の友人の喧嘩自慢を聞かされてた気持ちを思い出す

そして全く興味の持てないジャンルの深い話を延々と聞かされてると
調べる気のないWikipediaを朗読されてるような気分になる




2021年02月21日

自分中心であることにびびるな
自分中心に世界を見てる認識にびびる必要なんてほんとないと思う

よく「自分をたいせつに」と人は言うけれど
時々そんな柔らかい言葉じゃ足りてないんじゃないかなあと思えることがあるんだよなあ…

たとえば、そういう労りの言葉をきいて
「そうだね…たまには」と、エステいって身体労ったり、有給つかって釣りいってみたり、あるいは何もしない日を作ってみたり

もちろんそういう息抜きもほんと大事だけど、それってひとときの燃料補給みたいなもんで、もっと根本的に問題を抱える人には、そんなふわっとした肩ポンッじゃ何にもなってないことが結構あると思うんだよな

もっと人はおおっぴらに自分中心に生きていい

そういうモードになりづらいのって、人によってはいつのまにか、「自己中」ってネガティヴなイメージのある言葉に頭の中で勝手にすり替わっちゃってて、自分のためなら他の人間をないがしろしてもいい、みたいな酷い人間に結びつけちゃうからもあるんだろうけど、そこ結びつけちゃうのがほんと違うっていうか…
何も他人を思いやるなって話じゃないんだからさ笑

パソコン開いて世界中から色んな情報得られたとしても、電源抜いちまえば「ブツッ…」って切れて全部ブラックアウトするのと同じだよ
すべての情報をキャッチする最終地点で、この世界の有無を認識できるのはこの世にあなた一人しかいないんだからさ、当然なように

そこを守れていれば誰かを思いやれもするだろうし、いつか馬鹿もやれるだろうしで

究極をいえば、自分の命にかえてでも守りたいような大切な人ができたとき、それも自分中心の考え方が到達できる凄い平和地点だと思う

あるいは対社会との在り方の方法論になったりして
「どうしたって断れないことだってあるんだよ」ってこられることもあるんだけど、そういう本筋から枝分かれした話でもなくってさ

そういうのは自分にとってそうすべき時はそうすべきと見ていけばいいわけで、そういう道の選び方じゃなくて認識の話でいつも思うんだよな

不思議と、他人や社会を恐れすぎて自分をおとしめてしまいがちな癖のある世の中になって久しいなって

宗教的思考が介入していなければ、自分中心に世界があることを疑う理由なんて一切ないと思うんだよな

「自分をたいせつにね」じゃ、相手には足りないかもと思う時は、はっきりと「もっともっと自分中心に考えてけよ」って自分は全然言っちゃうな

もちろんそこからどう立ち回るかは俺も下手だし、みんなも大してうまくはないだろうけど苦笑、そこで悩んでも根本が揺れてなきゃ立ち直れるんだしさ


って、思った16時だった


2021年02月17日

凄いものみたさ
ちょっと今は色々と脳内が忙しいな。

それら作業や個人的な変化はまあいいとして。最近見たものの話でも。


映画やドラマは最近観ないようになっているけど、昨日Netflixで公開されたセシルホテルっていうアメリカの曰く付きホテルのドキュメンタリーを観てた。

あとWEEKNDのハーフタイムショウを見たが、結論から言うとどちらもあまりのめり込めなかった。

セシルホテルの方は、エリサラムっていう、不幸にもそのホテルで怪死してしまった女性がいるのだが、
その人の死の直前でのエレベーターの防犯カメラの映像があまりに奇怪なので、ネット上で一気に話題になり、ドキュメンタリーまで作られるようになった…という経緯。

その前から色々と悪い噂のあるホテルではあったんだけど、まあドキュメンタリーとしてつまらなかったのでそれ以上言えることはないかも。

WEEKNDのハーフタイムショウの方は、なんというか「まあ、仕方ないのかな。」という感想と、「この人たぶんいいやつなんだろうな。」だった。

いいやつも悪いやつも基本的に音楽楽しむ上で僕にはどうでもよいことなので、そんなこと思い浮かんでる時点で心が入り込んでいない状態なのかもしれない。

なにより数年前に見たブルーノマーズのハーフタイムショウが良すぎて、それを越えるものをどのアーティストにも期待してしまう僕が貪欲すぎるんだと思う。




2021年02月12日

実は共作
たまに自分じゃない誰かの気持ちをモデルに、その気持ちを明確に強く書いていくとき

自分の持ち得ないビジョンを教えてもらって、とてもそんなこと歌えないけど、
そのビジョンのままにその世界を書いていくとき

そういうとき
自分が書いているようで、相手の見る景色の素晴らしさをスケッチしているだけだから、ほとんど共作だって思う




2021年02月05日

2月1日
昨日は久々に会う人と会って、緊急事態宣言下、それなりに色々気にしながらだったけど、おとなしくも、楽しく飲みました。

あと思いだした。
僕は猫好きの猫アレルギーゆえに、家でよく他人の動画の猫を見る。

喋る猫しおちゃんというyoutubeに出てる家猫ちゃんがいるんだけど、残念ながら重い病にかかってしまって、ちょっと自分ちの猫を思い出してしまった。

自分んちの猫が死んでしまった時は、東京から急いで福岡に戻ったんだけれど、着いて遺体を見るなり、人生ではじめて、リアルに膝から崩れ落ちたなあ…苦笑
体に力入らなくなっちゃって。

どうか苦しむこと少なく平和な時間が続くことを願う。


さて、今はテレビを見ながら作曲中なのだけど、柴又の川甚がコロナ禍の経営難で231年の歴史に幕、というニュースを見た。

去年の春先にうなぎを食べに行ったけれど、思えばあの時も人は少なかった気がする。
広い空間に知人と僕と、あとお客一組だったから、実は少し心配だった。

色々と昭和の文化人が通った歴史ある料亭さんだったから、名残惜しいけれど、何はともあれ、川甚さんお疲れ様でした。


そういうニュース聞くと、あそこ大丈夫かな、元気かなって思うわけだけど、僕の音楽を好きで聴いてくれてる人たちの中にも飲食の関係の方はけっこういらして
もし知ってて近くだったら、ご飯しにいこうみんな

あと照和のみなさん元気かな
行けてないから、いい加減顔出したい


2021年02月03日

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